神様はいないが大切な存在

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結論からいうと、私は神様はいないと思います。
ただ、お正月には神社に初詣にもいきますし、苦しいことがあれば、神頼みをします。神様という個ではなく、象徴、心のよりどころとしているのと、毎年の風習でお参りをしていると考えます。
昨日ある宗教団体の方がうちに訪れました。感じのいいご夫婦ではないかと思いますが、ちらしを配り、お庭で母としばらく話をしていました。
強い勧誘などはなかったんですが、ちらしは某神様の死の記念式の誘いでした。日没後に行われるのが習わしということで、夜の8時過ぎからです。
田舎のおばあちゃんたちが、そんな時間に出かけていくことなんて出来ないのに。
別にこの方達を批判はしません。何かを信じる、自分たちの心の拠りどころを持つのは悪いことではないと思います。神様が見ているから、悪いことはできないとか、人を助けて神様に褒めてもらおうとか、それはある意味良い事だと思います。ただ、人を誘うのはなんなのでしょうか。自分の信じるものを大切にする、それでよくないでしょうか。
結局資金集めのためだと思います。以前ある宗教のトップクラスの方の家を訪問する機会がありました。単なる仕事の延長で伺い、玄関先で失礼したのですが、それはそれは一般市民からすると、考えられない豪華な屋敷でした。玄関と我が家の広さが同じくらいです。この方は、神様を信じたからこうなったのでしょうか。本当に疑問です。
宗教と商売が混在している状況は、私の勘違いでもなんでもないと思います。
自分が信じるものを「神様」と象徴にして、懺悔をしたり、夢を語ったりすることは必要だと思います。しかし、金儲けに利用されたり、他人を巻き込むことなどしてはいけないはずです。
私は毎朝、仏壇に手をあわせ、亡くなった祖父、祖母、父の顔写真を見ながら、今日一日まわりの人達、家族の健康と幸せをお願いしています。ご先祖様と神様は違うと思いますが、信じるという意味では同じです。たぶん話しかけても父や祖父には聞こえていません。存在しないのですから。ただ、私の気持ちや思いが、そこでしっかりとしてきます。前日の自分の行動の反省もできます。自分がしっかり生きていくための大切な習慣だと思っています。
様々な宗教を信じ、生活をしている方達に伝えたいです。あなたの神様を信じてください。ただし、それはあなたの神様です。他の人の神様ではない。幸せを伝えたいなんておこがましいことです。私には私の象徴があります。人が人として生きていくために、どう進めばいいのか。悩んだ時、そして成功した時、大失敗した時、それぞれの象徴にお願いをし、報告をし、それからまたどう進むか考えていく力は、たぶん人自身にあります。ひとりで決断できない事を、それぞれの象徴が後押ししてくれる。
神様はいないと思いますが、象徴として大切なものだと思います。